緑色の急行で


大学を卒業する少し前、アルバイトを終えて西鉄の最終電車に乗りこんだときのことです。




コートの襟に顔を埋めてのんびりしていると、隣に座ってきたお姉さんが号泣していました。




こんなに泣いてる人、久しぶりに見たなあ。と思って静かにしていましたが、お姉さんは次から次へと溢れる涙をずっと袖で拭っていました。




ハンカチ持ってない女の人も、久しぶりに見たなあ。と感じてまた静かにしていようとしたのですが、あまりにも泣き続けるので、少し隣から見ていました。




なんだか、物凄く切ない泣き方。
本当に哀しいことがあったんやろなあ。




何があったか分からんけど、飲みにでも行きますか。なんて、終電だから言えないし、袖も瞼も見ていられなくなりそうだったので、ひとまずハンカチを差し出しました。




お姉さんは一瞬驚いた顔で「や、大丈夫です...!」と鼻声で言いましたが、「どのあたりが大丈夫なんだろう。」と心の中で突っ込みながら再び押し付けると、その瞬間堰を切ったようにさっきよりも激しく泣きだしました。





人にはそれぞれ、色んな物語があるんだろうなあーと、ぽけーっとしながら電車にしばらく揺られていると、お姉さんは少し落ち着いたようで、私に降りる駅を聞いてきました。





お「あたし先に降りるんです。ハンカチ、洗ってお返しします。」

私「や、大丈夫なんでそのまま貰います。」

お「そんな!できないです!!」

私「ならそれあげます。」




ぐっ、、と言葉に詰まった様子のお姉さん。
そりゃ要らんとは言えないですよね。





もうすぐ最寄駅に着くというとき、お姉さんは再び口を開きました。




お「お礼がしたいので、連絡先を教えてください。」




そのハンカチ数百円なのに、どれほど律儀なんだろう。と思いながら断るも、一歩も引かないお姉さん。




駅、着きますよと言っても、全く諦めようとしませんでした。




繰り出され続ける律儀っぷりに、ここまでくるとすごいな。と、もはや笑えてきたので、
「分かりました。では、もし次にどこかでお会いしたら、そのときは何かご馳走してください。」と言うと、お姉さんは少しだけ納得した顔をしてそのままホームへ降り、窓から見えなくなるまでずっと見続けてくれていました。





これも一つの縁だとは思いましたが、この広い街で、どんな生活をしているのかも、どこの誰なのかも互いに全く分からない方と再び会う可能性など無いだろうと思っていましたし、加えて、私はその数週間後に上京することが決まっていたので、自分が言った「次」が訪れる想像なんて、全くしていませんでした。





しかしその5日後。





友人と飲んでから警固公園を歩いていたとき、突如全身に突き刺さるような視線を感じました。




視線の方を見ると、そこには、5日前に号泣していたお姉さんが座っていました。




まじか。と呟いた私を、友人は不思議そうに見つめます。





気が付いた瞬間から、お姉さんが駆け寄ってくるまで、私はただただ、笑っていました。





そして私たちは互いに笑いながら、連絡先を交換しました。





しかし残念なことに、飲みには、行けなかったんです。




予定を合わせられぬまま、私は東京に出ることになりました。





あれから3年。




もう、今度こそ会うことはないかもしれないけれど、今でもハンカチを見るとたまに、「あのお姉さん、元気かなー」と思い出すことがあります。





たぶん、元気な気がする。